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『泰緬鉄道からの生還 ある英国兵が命をかけて綴った捕虜日記1942〜1945』
アルバート・モートン/著 デイビッド・モートン/監修 チームPOW/訳

雄山閣/2020年11月/2800円+税=3080円/ISBN:978-4-639-02734-8

(手渡しの場合、値段は2500円。国内に発送する場合、値段は2500円(本代)+300円(送料)=2800円)ディビット・モートンから購入したい場合、ここにメールを送ってください。moreton.pow@gmail.com

1942年8月から1943年10月までの僅か一年余りの間に、約6万人の連合軍戦争捕虜と約20万人のアジア人が、タイのノーン・プラドゥークとビルマのタンビュザヤを結ぶ415キロの鉄道を敷設するため、日本軍によって強制労働に従事させられた。
イギリス軍兵士のアルバート・モートンは1942年2月にシンガポールで捕らえられ、タイ駐留日本軍の捕虜となり、いわゆる死の鉄道を建設するために強制的に働かされたが、3年半をどうにか生き延びることができた。この間、没収され罰せられる危険性がある中、日記を書き綴り、数々のスケッチを描き、戦後イギリスに持ち帰った。この本はその翻訳である。
「敵にも味方にも悪い人も良い人もいる。助け合い支え合うことが生き残りへの鍵であり、敬意をもって人と接し、友好の精神を持つことがこの世界には不可欠である」
——監修者ディビッド・モートンの言葉より——

『知られざる福島移民~キューバ、ハワイ、ペルー、カナダ』
紺野 滋/著

歴史春秋社/2020年7月/1600円+税/ISBN:978-4-89757-973-3

“グローバリズム”などと言う言葉もなかった100年以上も前、大凶作で飢饉にあえぐ東北の貧しい農民たちが家族を養うためにキューバやハワイ、ペルー、カナダへと移民し、故郷を後にした。言葉や文化が異なる移民先で苦労を重ねながら懸命に働き仕送りをして家族を支えた。そこに戦争が起きて日本人移民は敵国人となり、地位や財産を奪われて強制収容所に送られた。
著者はキューバやハワイに渡って福島県移民の汗と涙に満ちた足跡をたどった。また、福島県に残るペルー移民の関係者や、第一次世界大戦に義勇兵として参加したカナダ移民の関係者を尋ね、外交資料を掘り起こして歴史に埋もれた名も知れぬ庶民に光を当てた。
日本は成熟社会を経て、移民に頼らざるを得ない国になった。筆者は著書で「日本からの移民が差別された歴史を直視し、移民を差別する国になってはならない」と指摘する。

“Comfort Stations” as Remembered by Okinawans during World War II
HONG Yunshin (홍윤신/洪玧伸), Translated and edited by Robert Ricketts.

Leiden/Boston: Brill, February 2020, 564 pages.

ISBN 978-90-04-33866-1 (hardback)/ISBN 978-90-04-41951-3 (e-book). Price: US$179.00/¥22,674. Order on demand directly from the publisher. A paperback version is scheduled to appear in 2021.

日本語版:洪玧伸『沖縄戦場の記憶と「慰安所」』(東京:インパクト出版会、2016年、494ページ)¥3,300. ISBN: 9784755402593.
Okinawa, the only Japanese prefecture invaded by US armed forces in 1945, was also the only part of Japan proper where the Imperial Army and Navy established an extensive network of military “comfort stations.” How did Okinawans perceive these intimidating spaces, off-limits to villagers on pain of death, and their disruptive effects on local society?
Interviews, survivor testimonies, and archival documents show that the Japanese army manipulated comfort stations to divide and isolate Okinawan communities, facilitate “spy hunts” that terrorized the civilian population into absolute obedience, and fostered a crippling fear of rape by American soldiers. That fear, epitomized by the comfort stations next door, army propaganda, and tales of Japanese sexual atrocities in China brought home by local war veterans, induced many Okinawans to choose death over survival as the US invasion unfolded in April 1945. The US military occupation of Okinawa (1945-72) perpetuated the wartime dread of violence against women into the postwar era.
This study of war, institutionalized sexual abuse, and postcolonial memory views the comfort stations as discursive spaces of remembrance, where the traumas of war can be accessed and reevaluated by those who witnessed them. At the same time, these living memories are potentially sites of resistance to future wars and a countervailing voice to contemporary narratives of national and ethnic primacy. They are also an antidote to Japan’s postwar culture of historical amnesia, which tends to deny the country’s responsibility for the suffering that the wartime Japanese state inflicted on Asia.

『「大東亜共栄圏」と幻のスマトラ鉄道』
江澤 誠/著

彩流社/2018年9月/4500円+税/ISBN:978-4-7791-2498-3

アジア・太平洋戦争中、日本軍はインドネシアのスマトラ島に長大な鉄道「スマトラ横断鉄道」(255㎞)を建設した。この鉄道は、制空権・制海権の喪失によって「大東亜共栄圏」が「内地」と東南アジアとに分断されていくなか、1944年1月に建設が始まり1945年8月15日、玉音放送の日に完成した。まさに「大東亜共栄圏」の虚妄性を具現しているかのようである。建設の目的は、日本と南方を鉄道で結ぶという「大東亜縦断鉄道構想」を背景にして、海路輸送の代替として考えられたが、スマトラ島で産出される良質の石炭をマレー半島に搬送し、マレーの鉄鉱石を活用することによって、本格的な製鉄所を立ち上げることも意図していた。建設には、泰緬鉄道の場合と同じく捕虜(インドネシアを支配していたオランダ軍が主)やロームシャ(スマトラ島やジャワ島人)が投入され、多くの犠牲者を出した。本書は歴史の闇のなかに埋もれ、ほとんど知られていなかったスマトラ横断鉄道について明らかにした、日本人による初めての著作である。

『スマトラ新聞(復刻版)』
江澤 誠/監修・解題

ゆまに書房/2017年4月/35000円+税/ISBN:978-4-8433-5127-7

「スマトラ新聞」はアジア・太平洋戦争中の日本軍政下、現インドネシアのスマトラ島・パダンで陸軍の指示により発行されていた邦字紙である。1943(昭和18)年6月8日に創刊され、45年8月の敗戦時までおよそ650号が出された。発行主体は同盟通信社と有力地方紙13社がつくった「昭南新聞会」であり、長い間存在が確認されず「幻の新聞」と言われてきた。今回復刻されたのはインドネシア国立図書館で発見された1943年10月1日から44年1月20日までの約4か月間94号分と国内所蔵の1号をあわせた全95号である。当期間では、戦況の悪化を背景として大東亜会議が開催されたが、傀儡ではあっても「独立」したビルマやフィリピンと異なりインドネシアは「重要資源の供給地」として位置づけられ、会議にも招かれなかった。「スマトラ新聞」はスマトラの軍政史ばかりか、ジャワなどインドネシア内の他地域、ひいては東南アジアの歴史を再考察する際の貴重な情報を提供してくれるものと考える。

市民の力と戦後和解
Citizen Power: Postwar Reconciliation
クレアモント 康子 (Yasuko Claremont)/著

The Oriental Society of Australia/2017年4月/Paperback A$55.00/ISBN: 9780959226928

2015年はアジア・太平洋戦争終結後70年を記念する年であった。シドニー大学日本研究科では2011年から5年越しの「市民による戦後和解プロジェクト」の最終行事である国際学会を「傷跡と癒し:市民社会と太平洋圏の戦後和解」と題し、2015年9月30日から10月2日にかけて開催した。また、関連行事として、和解の写真展、草の根ワークショップ、映画『ひろしま』(1953年初上映)と英語創作能『オッペンハイマー』公演を学会開催中に行った。これら一連の行事は和解と平和を願う市民グループ活動の意義を祝うものであった。70年の月日が経過しても、日本が未だに中国と韓国で犯した残虐行為に対し、充分な和解を達成していない現状で、「祝う」という言葉は不適切であるかもしれない。しかし、私たちは市民グループの努力がかつての敵であった人たちと目と目を合わせたレベルでの和解に成功していることが認められるべきだと確信している。本書の目的はその立証をすることである。

『英軍記録が語る福島空襲』
紺野 滋/著

歴史春秋社/2016年8月/1500円+税/ISBN:978-4-89757-887-3

福島県内関係の戦災はあまり知られていないが、鹿島灘での福島県漁船空襲で131人死亡、工場爆撃として国内で最も早い時期の郡山空襲、東北で唯一の模擬原爆投下、戦争末期の米英艦隊による攻撃など特徴的な空襲があった。しかし、原発事故以降、福島県内では被災者の避難などで戦災を記録、継承することが非常に困難になってきた。戦災の記憶が風化することに危機感を持った筆者は、犠牲になった普通の人々の「声なき声」を求めて遺族や体験者に会い話を聞いた。また、米英軍資料を突き合わせることで分かった福島空襲の新事実を積み上げ、戦争の不条理さを浮かび上がらせた。さらに、福島県内での風船爆弾製造や捕虜収容所、抑留所に対する補給物資投下作戦の実態も新資料や証言を基に明らかにした。

『旅行ガイドにないアジアを歩く シンガポール』
高嶋伸欣・鈴木晶・高嶋道・渡辺洋介/著

梨の木舎/2016年2月/2000円+税/ISBN:978-4-8166-1601-3

「旅行ガイドにないアジアを歩く」シリーズのシンガポール編。異色のガイドブックで、紙面の多くを占めているのは日本軍のシンガポール占領にかかわる話である。チャンギ刑務所に収容された戦争捕虜に関する展示があるチャンギ博物館、連合軍の戦没者が眠るクランジ戦没者記念碑など、シンガポール各地に散らばる日本占領にまつわる戦争遺跡への行き方と簡単な解説が書かれている。シンガポールに今も残る戦争の傷跡を自分の目で確かめ、自分の足でまわりたい旅行者向けの一冊だ。

『横浜と外国人社会 激動の20世紀を生きた人々』
横浜外国人社会研究会・横浜開港資料館/編

日本経済評論社/2015年3月/4500円+税/ISBN:978-4-8188-2375-4

幕末の開港以来、横浜には多くの外国人が住み、独特の外国人社会を形成してきた。本書では1899年の居留地制度廃止以降の横浜在留外国人社会について、7人の筆者が取締法制の変遷と統計学的分析、外国人学校、第1次大戦と横浜在留ドイツ人、米国陸海軍日本語学生など、様々な角度から検証している。小宮まゆみは、「戦時下横浜外国人の受難――厚木市七沢の抑留所を中心に」の章と、史料紹介「シディンハム・デュアの抑留日記」の解説を担当、アジア太平洋戦争中に抑留された横浜の外国人の実態を明らかにし、戦争によって幕末開港期から形成されてきた横浜外国人社会が終焉に至ったと論じている。

『戦後責任 アジアのまなざしに応えて』
内海愛子・大久保昭・田中宏・加藤陽子/著

岩波書店/2014年6月/2600円+税/ISBN:978-4-00-025854-8

21世紀の日本がアジアの人々とともに生きていくためには、今なお清算されない戦争と植民地支配の責任に向き合わなければならない。60年代以降、アジアの被害当事者たちの声に応えて「戦後責任」=日本社会の不正義の問題に、市民として学者として取り組んできたパイオニア3人と気鋭の現代史家が、日本の未来をかけて語り合う――(本書帯より)

『日本とオーストラリアの太平洋戦争 記憶の国境線を問う』
鎌田真弓/編 田村恵子・内海愛子・笹本妙子他/著

御茶ノ水書房/2012年6月/3000円+税/ISBN:978-4-275-00978-4

多くの日本人にとって太平洋戦争は対米戦争であり、オーストラリアと戦ったことを知る人は少ない。しかし、東部ニューギニアは日豪両軍の激戦地であったし、日本軍はダーウィンやシドニーにも攻め込んでいる。またアジア各地の戦闘で、多数のオーストラリア兵が日本軍の捕虜となり、過酷な生活を強いられた。オーストラリア人にとっての太平洋戦争はまさに対日戦争であった。本書では、こうした日豪関係から生じた問題を10人の筆者が様々な角度から検証している。田村は「日本とオーストラリアの太平洋戦争概史」、「日本軍特殊潜航艇の展示とその変遷」、「ラバウルの日本人従軍看護婦たち」、内海は「プロパガンダと捕虜」、笹本は「日本市民と捕虜問題」の章を担当している。

『母への賛歌 日本軍抑留所を生き延びた家族のものがたり』
ヘンリエッテ・ファン・ラールテ・ヘール/著 タンゲナ鈴木由香里/訳

いのちのことば社/2010年6月/1800円+税/ISBN:978-264-02851-2

著者ファン・ラールテは、第二次大戦中、日本軍占領下の蘭印(現インドネシア)で、母と姉妹とともに民間人抑留所に収容されていた。本書は、当時2~5歳だった彼女の記憶と母からの聞き取りをもとに、抑留所の生活が赤裸々に描かれている。彼女たちは、容赦ない日本兵の管理下で、次第に飢餓に向かってゆかなければならなかった。しかし、こうした暗黒の状況の中でも、彼らの生への意志は強く、辛さを笑い飛ばす力があった。極度に物が不足する中、母親たちは子どもたちのためにありったけの努力と工夫を凝らし、できるだけ普通の生活を送ろうとした。この本は、母親たちがいかに命を賭けて子どもたちを守り、地獄の生活を生き延びたかを伝えている。

『海の向こうの被爆者たち 在外被爆者問題の解決のために』
平野伸人/編著

八月書館/2009年6月/1500円+税/ISBN:978-4-938140-63-2

忘れられていた被爆者たちがいた。1945年8月6日、広島、そして9日の長崎で原爆の閃光を受けたにもかかわらず、その後日本を離れた人たちだ。戦時下、日本が植民地化した朝鮮半島から渡り、被爆した韓国・朝鮮人。戦前戦後、日本政府の移民政策で北南米に移り住んだ日本人、そして戦争捕虜として広島・長崎に収容されていた連合国軍(アメリカ、イギリス、オランダほか)の兵士だった人もいる。総称「在外被爆者」。その数は長年5000人と推定され、居住国も30か国にまたがるが、その実像は今も明らかでない。日本政府がこの問題に目をそらし続けてきたからだ。本書は在外被爆者が援護を求めて歩んできた歴史を振り返り、被爆者問題の基礎的知識を紹介している。

『わたしは誰の子? 父を捜し求める日系二世オランダ人たち』
葉子・ハュスー綿貫/著

梨の木舎/2006年11月/1800円+税/ISBN:4-8166-0611-4

クラウディーネとナニー、そしてモリーは第二次大戦中日本軍の占領下にあった「蘭印」(現インドネシア)で、日本人の父と蘭印系オランダ人の母から生まれた。父とは戦後すぐ生き別れとなり、そののち母に連れられて見知らぬ祖国・オランダに渡る。彼女たちは、本当の父の愛情はおろか存在すらも知らないままに育ち、日本軍収容所体験者たちからは「敵の子」として蔑視されてきた。1990年前後、3人は自分が半分日本人であることを明らかにして、本当の父親を捜し始めた。「わたしは一体誰の子なのか」、「私は望まれて生まれた子か」、「父はどんな人だったのか」、「父は母を愛していたのか」、さまざまな疑問が頭の中を駆け巡る……本書は、人間としての存在価値を求めて苦悩する彼女たちの心の旅の記録である。

『ジャワ・オランダ人少年抑留所』
内海愛子・H.L.B.マヒュー&M.ファン・ヌフェレン/著 川戸れい子/翻訳

梨の木舎/1997年10月/2000円+税/ISBN:4-8166-9703-9

1942年3月、日本は蘭領東印度(現インドネシア)を占領し、軍政をしいた。そこに暮らしていた7万人におよぶオランダ人は、敵国人として収容された。少年たちもまた家族と引き離され、少年だけの抑留所に入れられた。少年たちが体験した飢餓と強制労働の日々は、戦後70年を経たいまも彼らの心を苛んでいる。本書は、前半で少年抑留所の時代背景を解説し、後半でバンコン少年抑留所の少年たちの日々の暮らしを日誌で追う。

『ジャワで抑留されたオランダ人女性の記録』
ネル・ファン・デ・グラーフ/著 渡瀬勝・内海愛子/訳 内海愛子/解説

梨の木舎/1996年3月/2000円+税/ISBN:4-8166-9600-8

著者は蘭領東印度(現インドネシア)で生まれ育ったオランダ人女性。1942年に日本軍が同地を占領すると、蘭印軍将校だった夫は捕虜となって泰緬鉄道に送られ、著者と3人の幼い子どもたちは、3年半に及ぶ抑留生活を余儀なくされた。悪名高いチデン軍抑留所では絶え間ない暴力と飢餓に苦しみ、餓死寸前まで追いつめられた。内海は、著者のインドネシア人への視線やインドネシア独立運動の評価に問題を感じつつも、本書が抑留者の実態を知るための入門書になると考え、本書の後半に著者の体験の歴史的背景を書き添えて世に送り出した。

『C級戦犯がスケッチした巣鴨プリズン』

『C級戦犯がスケッチした巣鴨プリズン』
飛田時雄/著 岡村青/構成

草思社/2011年4月/1700円+税/ISBN:978-4-7942-6

東條英機の世話係だった「生き証人」が膨大なスケッチとともに回想する獄中生活!
C級戦犯として巣鴨プリズンに服役していた1955年までのあいだに、著者が描いたスケッチは500枚を超える。配膳に並ばされるA級戦犯たち、MPに尋問される東條、妻子の写真に手を合わせる服役者たち——。現存するスケッチには戦犯たちの素顔や房内の日常が軽妙なタッチで描かれている。戦犯たちの獄中での姿を生き生きと伝える貴重な記録である。

『射殺されたガダルカナル日本兵捕虜:フェザーストン事件を追う』

『射殺されたガダルカナル日本兵捕虜:フェザーストン事件を追う』
マイク・ニコライディ/著 鈴木正徳/訳

新人物文庫/2011年2月/714円+税/ISBN:978-4-404-03971-2

初めて明かされる銃撃事件の真実。
太平洋戦争中の一九四三年(昭和十八)二月、ニュージーランドのフェザーストン捕虜収容所で事件は発生した。当時、ここには激戦の島ガダルカナルから送り込まれた約八百人の日本人捕虜がいたが、監視兵らの銃撃で四十八人が死亡。ニュージーランド政府は「暴動鎮圧のため、やむなく銃を使った」として事件を処理する。
日本の敗戦とともに忘れられていたこの事件を知った著者は、元監視兵や関係者への取材をすすめる一方、公開されつつある公文書を手がかりに、事件に肉薄していく。その調査・取材の足取りとともに浮かびあがってくる意外な真相と、消えた遺骨の謎……。

『日本のドキュメンタリー 2 政治・社会編』

『日本のドキュメンタリー 2 政治・社会編』
佐藤忠男/著・編 アーロン・ジェロー/著 内海愛子/著ほか

岩波書店/2010年/2400円+税/ISBN:978-4000272179

ドキュメンタリーの中で戦争はどのように描かれたか?
本書に収められている内海愛子の「漂泊のメガホン・日夏英太郎—許泳—ドクトル・フユン」は、インドネシアで日本軍がいかに捕虜を優遇しているのかをオーストラリアに宣伝するために製作したプロパガンダ映画の監督・日夏英太郎について書いたものである。この映画をもとに蘭印政府が製作した映画「Nippon Presents」は東京裁判に捕虜虐待を証明する証拠として提出され、上映された。

『泰緬鉄道からの生還 ある英国兵が命をかけて綴った捕虜日記1942〜1945』

『泰緬鉄道からの生還
  ある英国兵が命をかけて綴った捕虜日記1942〜1945』
アルバート・モートン/著 デイビッド・モートン/監修 チームPOW/訳

雄山閣/2009年8月/2800円+税/ISBN:978-4-639-02098-1

1942年8月から1943年10月までの僅か一年余りの間に、約6万人の連合軍戦争捕虜と約20万人のアジア人が、タイのノーン・プラドゥークとビルマのタンビュザヤを結ぶ415キロの鉄道を敷設するため、日本軍によって強制労働に従事させられた。
イギリス軍兵士のアルバート・モートンは1942年2月にシンガポールで捕らえられ、タイ駐留日本軍の捕虜となり、いわゆる死の鉄道を建設するために強制的に働かされたが、3年半をどうにか生き延びることができた。この間、没収され罰せられる危険性がある中、日記を書き綴り、数々のスケッチを描き、戦後イギリスに持ち帰った。この本はその翻訳である。

「敵にも味方にも悪い人も良い人もいる。助け合い支え合うことが生き残りへの鍵であり、敬意をもって人と接し、友好の精神を持つことがこの世界には不可欠である」
——監修者ディビッド・モートンの言葉より——

『空襲に追われた被害者たちの戦後 東京と重慶 消えない記憶』

『空襲に追われた被害者たちの戦後
     東京と重慶 消えない記憶』
沢田猛/著

岩波書店/2009年3月/480円+税/ISBN:978-4-00-009450-4

1945年3月10日の東京大空襲、それに先立つ日本軍による中国・重慶への爆撃は、いずれも多くの命を奪い、九死に一生を得た生存者たちも苦難の人生を歩むことを余儀なくされた。
長年の沈黙を破って日本政府に補償を求める訴訟を起こした被害者たちの声を通して、彼我を問わず、常に民衆に犠牲を強いる戦争の本質を浮き彫りにする。
(本書帯より)

『敵国人抑留 戦時下の外国民間人』

『敵国人抑留 戦時下の外国民間人』
小宮まゆみ/著

吉川弘文館/2009年3月/1800円+税/ISBN:978-4-642-05667-0

忘れられた戦争の傷跡——。
アジア・太平洋戦争の勃発とともに、日本国内にいた外国籍の民間人は次々と全国各地の抑留所に収容された。抑留所で彼らはどのように暮らしたのか。不足していく食料、迫りくる空襲の危機。抑留所での実態に迫る。

『キムはなぜ裁かれたのか』

『キムはなぜ裁かれたのか』
内海愛子/著

朝日新聞出版/2008年10月/1500円+税/ISBN:978-4-02-259948-3

BC級戦犯裁判で、朝鮮人148人が戦犯となり、23人が死刑になった——。
「キム」は、その148人を象徴する名前だ。なぜ、何を、彼は裁かれたのか。
戦時中、日本軍は捕虜の扱いを決めたジュネーブ条約を無視し、連合軍捕虜の4人に1人が死亡した。その捕虜監視を朝鮮人に当たらせていた。裁判では、命令に従うしかなかったにせよ、個人の責任が厳しく追及されたのだった。
戦後、「日本人」としてスガモプリズンにつながれ、釈放後は「外国人」として 補償や援護の対象からはずされ、「対日協力者」として祖国にも帰れなかった朝鮮人たち。
被害と加害が錯綜する歴史の真相とは——。

Field of Spears

『Field of Spears The Last Mission of the Jordan Crew』
Gregory Hadley/著

Paulownia Press/2007年/£17.95/ISBN:978-0-955582-1-4

昭和20年7月、11人が搭乗して新潟を空襲したB29の1機が撃ち落とされた。
パラシュートで脱出した飛行士たちに何が起こったか?
生き残ったのは7人だった。そこで起こった詳細を調べ、新潟の村人たち、アメリカに帰還した生存パイロットたちに取材し、戦争が彼らに残したトラウマを追跡する。

『植民地時代の古本屋たち』

『植民地時代の古本屋たち 樺太・朝鮮・台湾・満州・中華民国─空白の庶民史』
沖田信悦/著

寿郎社/2007年12月/2000円/ISBN:978-4-9022-23-9

<外地>に渡った彼らはどんな商売を営んでいたのか?
本書から浮かび上がってくるのは、日本と植民地とを広範かつ緊密に結びつけた「古書ネットワーク」の実態である。
貴重な資料とともに埋もれた庶民史を現役の古書店主が執念で読み解いた画期的労作。

『海の墓標』

『海の墓標 戦時下に喪われた日本の商船』
三輪祐児/著

展望社/2007年2月/1800円+税/ISBN978-4-88546-170-5

戦没商船2,568隻、843万総トン、六万数千人の船員が海の藻屑と消えた。
武器、弾薬、食糧が届かず、数十万の将兵が南の島々で飢え死にした。硫黄島に水が届いていれば……。
明治以降の日本は商船によって飛躍的な近代化を遂げ、軍国日本もまた商船によってアジア諸国へと覇権を拡大し、そして商船による通商が破壊されて壊滅したとき、日本もまた崩壊した。

『日本軍の捕虜政策』

『日本軍の捕虜政策』
内海愛子/著

青木書店/2005年4月/6800円+税/ ISBN4-250-20502-9

戦争裁判が裁かなかったもの、それは……。
日清・日露戦争から戦後補償まで──虐待を生んだ組織と政策を検証し、日本人の捕虜観を問う。

『将軍は なぜ殺されたか 豪州戦犯裁判・西村琢磨中将の悲劇』

『将軍は なぜ殺されたか 豪州戦犯裁判・西村琢磨中将の悲劇』
イアン・ウォード/著 鈴木正徳/訳

原書房/2005年3月/1800円+税/ ISBN 4-562-03879-9

もう一匹の虎を罠にかけよ
オーストラリア人ジャーナリストが自国の意図的な冤罪裁判を徹底告発
マレーの虎・山下奉文のライバル西村中将は、戦後6年もたって、なぜ豪州マヌス島で処刑されなければならなかったのか…

『あゝ、大森捕虜収容所 ‐戦中、東京俘虜収容所の真相‐』

『あゝ、大森捕虜収容所 ‐戦中、東京俘虜収容所の真相‐』
八藤雄一/著

2004年8月/非売品/ ISBN 4-907708-06-8 C0095

戦時中、東京俘虜収容所本所(大森収容所)の主計軍曹として勤務した著者が、戦後一貫してその実態究明に取り組んだ成果を、感慨をこめて世に問う。
占領軍は、「大森こそ日本軍残虐の本営」として乗り込んで来たが、著者はその烙印に反証しつつ、一方では、日本軍人の中にみられた不正・腐敗も赤裸々にえぐり出している。

『連合軍捕虜の墓碑銘』

『連合軍捕虜の墓碑銘』
笹本妙子/著 田村佳子/取材協力

草の根出版会/2004年8月/2,800円+税/ ISBN 4-87648-201-2

横浜の「もう一つの外人墓地」──英連邦戦死者墓地。第二次大戦中、日本に連行されて死亡した連合軍捕虜1700人余りが眠る。この墓地との出会いをきっかけに、全国130ヵ所の捕虜収容所の調査に取り組んだ著者の7年間の記録。過酷な労働、飢えや病や虐待の果てに死んでいった捕虜たち、今なお日本への憎しみを抱えて生きる元捕虜たち、一方、捕虜虐待の罪で戦犯に問われた日本人。双方に深い傷跡を残した『捕虜問題』の実態を、様々なエピソードを交えてリアルに描き出す。歴史の襞に埋もれたその問題が、今日に問いかけてくるものは?

『捕虜収容所補給作戦 B−29部隊最後の作戦』

『捕虜収容所補給作戦 B−29部隊最後の作戦』
奥住喜重・工藤洋三・福林徹/著

2004年8月/2,800円+税/ ISBN 4-9900314-6-6

終戦直後、日本軍管理下の連合軍捕虜収容所に対して、B-29部隊による大規模な救援物資投下作戦が行われた。この本は、その「作戦任務報告書」を翻訳したもので、連合軍が捕虜の救援・救出を最優先の課題と考えて行った、知られざる作戦の企貌を初めて明らかにしたものである。あわせて、第2次大戦時の日本国内の捕虜収容所の概要と分布地図などを掲載した本書は、類例のない資料として、高い価値を有するものである。

『スガモプリズン 戦犯たちの平和運動』

『スガモプリズン 戦犯たちの平和運動』
内海愛子/著

吉川弘文館/2004年5月/1,700円+税/ ISBN 4-642-05576-2 C0320

第二次大戦後,再軍備へ向かう政府に戦争反対の声をあげたBC級戦犯たち.名作「私は貝になりたい」は,その魂の叫びをもとに生まれた.戦犯たちのスガモプリズンでの思索と行動から,真の戦争責任とは何かを考える.

『夏は再びやって来る 戦時下の神戸・オーストラリア兵捕虜の手記』

『夏は再びやって来る 戦時下の神戸・オーストラリア兵捕虜の手記』
ジョン・レイン/著 平田典子/訳

神戸学生青年センター出版部/2004年3月/1,890円+税/ ISBN 4-906460-42-9

終戦によって,ようやく世界に平和が訪れた時,我々の勝利や解放の喜びは,敗戦した日本人の悲しみとなりました.しかし今60年を経て,オーストラリアと日本はとても仲の良い友人同士となり,重要な経済パートナーとなっています.このような友愛が永遠に続くことを切に祈念しています.

神戸の皆様への友愛を込めて,
あなたの「トモダチ」ジョン・レインより

『ルソン島』

『ルソン島 戦場の記録 たたかいと飢えの中を生きて』
沢田猛/著

岩波ブックレット602/2003年8月/480円+税/ ISBN 4-00-009302-9

学徒兵として出征、地獄のフィリピン戦から辛うじて帰還した叔父の体験を、新聞記者で甥にあたる筆者が、現地を訪ねながら生々しく綴る。戦争体験者が少なくなった現在、次世代が戦争をどう語り継ぐかの模範を示したとも言える好著。

『七三一部隊の生物兵器とアメリカ』

『七三一部隊の生物兵器とアメリカ』
ピーター・ウイリアムズ デヴィド・ウオーレス/著 西里扶甬子/訳

かもがわ出版/2003年8月/3,200円+税/ ISBN 4-87699-765-9 C0336

原著は、イギリスのテレビ局が3年近くかけて製作したドキュメンタリー番組のために集められた、膨大な資料と証言をまとめて出版された。加えて、このテレビ番組の取材リサーチャーでもあった訳者が、現在に至る生物兵器の軌跡を取材して第6章を書き下ろした。9.11同時多発テロ以降の世界を見渡す時、それは、21世紀の人間の在り方をも問いかけている。

『バターン 遠い道のりのさきに』

『教科書に書かれなかった戦争PART43 バターン 遠い道のりのさきに』
レスター・I・テニー/著 伊吹由歌子・奥田愛子・一柳由美子・古庄信/訳

梨の木舎/2003年3月/2,700円+税/ISBN 4-8166-0207-0C3022

・だれの戦争体験談もすべて憎しみの物語だと思うし、だれを相手に戦おうとその点で違いはない。戦闘が私たちの肉体を滅ぼすように自分の抱く憎しみはたしかに私たちを精神的に破壊する。過去の残虐な体験も自分さえチャント向き合うなら、人生はまだまだ豊かに私に与えてくれる。/ レスター・テニー
・レスター・テニーは日本人を憎んだり残虐だと決めつけたりはしない。過去を忘れないことを求め続ける。太平洋の両岸に生きる全ての人々が、かつての出来事を共有し相互に思いやりに満ちた・・未来を作り出すために。/ ロサンゼルス寛容の博物館 ラビ・アブラハム・クーパー
・日本人をこのように凶暴に、人権を無視した行動をとらせた戦前・戦中の国家主義教育への反省がなければ、日本の明日はみえてこない。/泰緬鉄道元憲兵隊通訳 永瀬隆

『生物戦部隊731』

『生物戦部隊731—アメリカが免罪した日本軍の戦争犯罪』
西里扶甬子/著

草の根出版会/2002年5月/2800円+税/ISBN 4876481741

恐るべき細菌戦の中心的役割を果たした日本軍731部隊で行われた、残虐な戦争犯罪。日本医学界・科学界の選りすぐりの頭脳が集まって何をしたのか、なぜ彼らは他の戦犯と異なり見逃されたのかを今の目線で語る。

『知日家イギリス人将校シリル・ワイルド』

『知日家イギリス人将校シリル・ワイルド 泰緬鉄道建設・東京裁判に携わった捕虜の記録』
ジェイムズ・ブラッドリー/著 小野木祥之/訳

明石書店/2001年8月/2,800円+税 /ISBN 4-7503-1450-1

戦前、シェル石油の社員として日本でも勤務していたシリル・ワイルドは、第二次大戦時に日本語通訳の高級将校としてシンガポールに赴任。パーシヴァル英中将が山下奉文中将に降伏したフォード工場での会見では英側の通訳を勤めた。その後捕虜として泰緬鉄道の奥地に入り、辛酸をなめる。戦後、立場を逆転させて日本軍人の戦犯追及に辣腕を振るう。1946年、東京裁判に証人として出廷したあと、シンガポールでの戦犯裁判に戻る途中、香港で飛行機事故のために38歳の命を閉じる。本書は、泰緬鉄道建設の捕虜収容所からビルマにむけて脱走してつかまり、ワイルドの尽力で延命できた著者が、戦後、ワイルドの書き残していた資料をもとに描いた同大佐の伝記。

『忘れないように』

『忘れないように‐日本軍の捕虜として生きる‐』
フレッド・シーカー/著 小林晧志/訳

オリジナルブックマイン出版/2001年5月/1,000円(送料込)/ISBN 4-901593-01-3 C0031

イギリス人、フレッド・シーカーさんによって描かれた、第二次世界大戦中、旧日本軍の捕虜としてタイでの強制労働(泰緬鉄道建設)の体験を描く貴重な記録の日本語訳版です。旧日本軍のタイでの捕虜強制労働について書かれた書物は少なく、歴史資料としても価値が高い絵本です。(シーカーさんは戦後、著名な画家として活躍)
平和と人間の尊厳性を訴える力強い文章と、美しい水彩画で綴られています。立命館大学の国際平和ミュージアムに原書と共に寄贈されているほか、タイ、カンチャナブリにある連合軍兵士の共同墓地に今年開設されるミュージアムにも置かれる予定です。

『京浜地区の捕虜収容所 中間報告書』

『京浜地区の捕虜収容所 中間報告書』
笹本妙子/著

1999年

第二次大戦中、京浜地区にあった19ヶ所の捕虜収容所に関する調査報告書。1999年刊。現在絶版になっているが、横浜市内の公立図書館で閲覧可能。

『クワイ河の虜』

『クワイ河の虜』
ミクール・ブルック/著 小野木祥之/訳

新風書房/1996年6月/1,500円(税込み)/ISBN 4-88269-336-4

第二次大戦時、日本軍のビルマ(現ミャンマー)への補給路として1年半ほどで建設された泰緬鉄道は、いまも一部がタイ・バンコクの西部を走っている。その中心地カンチャナブリを訪れる旧連合軍の元捕虜と旧日本軍将兵などとの出会いや、若い世代の訪問を、オーストラリア人の記者が描く。

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